「創薬」とは?意味と用語を知る|佐藤健太郎さんが解説する製薬キーワード
医薬品業界を目指す学生のみなさん(特に薬学部以外の方)にとって、この世界特有の用語の難しさは大きな壁であると思います。前回は治験に関するキーワードを取り上げましたが、今回は創薬研究の現場で用いられるキーワードについて解説していきましょう。
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「治験」とは?意味と用語を知る|佐藤健太郎さんが解説する製薬キーワード
創薬とは
創薬とは、文字通り「この世にまだ存在しない医薬を新しく創り出す」ことを指します。近代的な創薬研究が始まったのは19世紀末あたりからで、それまで人類を苦しめてきた細菌感染症に有効な医薬が次々と誕生しました。有機合成や遺伝子技術が発展した20世紀後半には、疾患のメカニズムに基づき、狙って医薬を創り出す「合成創薬」の手法が発展します。21世紀の現在は、バイオテクノロジーによって生産する「バイオ医薬」の研究が盛んになっています。
ここでは、合成創薬の過程について簡単に解説しましょう。現代的な創薬は、疾患の原因を解析し、標的(多くの場合タンパク質)を定めるところから始まります。人体内では数万種のタンパク質が働いており、その中には病気に関連するものが存在します。たとえば高血圧の場合、血圧を上げる司令を出す物質(ホルモン)を作るタンパク質がそれに当たります。つまりこのタンパク質に結びつき、その働きを食い止める物質を創り出せば、それは高血圧治療薬として利用できる可能性があります。
こうした物質を見つけ出すためには、スクリーニングと呼ばれる手段が用いられます。多数の化合物を用意し、それが標的のタンパク質に結合するかどうか、片端から試していくのです(なお多くの場合、標的タンパク質と化合物の結合は、イオン結合や水素結合を介した可逆的なものです。共有結合で不可逆的に結びつくケースもありますが、その例はあまり多くありません)。
タンパク質に結合し、その働きをコントロールする化合物が見つかったとしても、それがすぐ医薬になるわけではありません。たとえば、いくらタンパク質の働きを強く阻害する化合物でも、細胞膜などを通過できず、患部のタンパク質に到達できないのであれば、医薬としては無効です。また、体内に蓄積するもの、毒性を示すもの、すぐ消化分解されてしまうものなども、当然ながら医薬として成立しません。このように、医薬となる化合物は、非常に多くの条件を満たす必要があります。
多くの候補化合物の中から、細胞を用いた試験、動物を用いた薬効や安全性の試験などを繰り返し、医薬品の候補を絞り込むのが「創薬研究」の段階です。こうして無事、医薬品候補化合物が見つかったら、次は治験によって人体での効果や安全性を確かめる段階に入ります。ここを突破すれば、晴れて新薬の誕生ということになります。
ある化合物が医薬品になる確率は、約2万分の1といわれます。しかし近年、多くの化合物を一気に作り出す手法が発達したことなどもあり、実際には2万どころではないのでは、と思われます。創薬とは、そのくらい狭き門なのです。
創薬に関する用語
プルーフ・オブ・コンセプト(POC)
プルーフ・オブ・コンセプトはいろいろな業界で使われる言葉で、「概念実証」などと訳されますが、医薬品業界においてはPOCと略されることが普通です。会社や団体によって、微妙に異なる意味で使われる言葉でもあります。また、「ピーオーシー」と読む人もいれば、「ポック」と読む人もいます。
先ほど述べた通り、創薬研究は「このタンパク質の働きをこのように調節することで、疾患を治療できる」という仮説を立てるところから始まります。実はこれが、創薬における最初で最大の難関です。あるタンパク質の働きを阻害することで、他の部分に予想外の影響を及ぼして副作用が現れることもありますし、別の要因で思ったように薬効が出ないというケースも数多くあります。
「○○タンパク質の阻害剤は、医薬として成立する」といった仮説(コンセプト)を実証することを「POCを得る」と表現します。これが成立していなければ、その後の努力はすべて無駄になりますので、創薬における最重要段階といっていいでしょう。
ただし、どこまで進めれば「POCを確保した」と呼んでいいかは、会社やプロジェクトの状況などによってかなりまちまちのようです。動物実験などで一応の方向性を示せただけで「POC取得」ということもありますし、臨床試験の第Ⅱ相までクリアして初めて「ヒトでのPOCを取得」と称することもあります。
ツール化合物
上記のように、あるタンパク質が創薬の標的としてふさわしいかを見極めることは、非常に重要です。その標的に働きかけることで、本当に疾患の治療が可能になるかどうか、確かめるために使われるのがツール化合物です。
ツール化合物は、医薬として必要な性質(膜透過性や安全性など)をすべて備えている必要はありません。ただし、標的候補のタンパク質に間違いなく結合し、その働きを調整する化合物であること、十分に選択性が高い(標的以外のタンパク質に作用し、実験結果を混乱させてしまうことがない)ことなどが求められます。
ツール化合物としては、ランダムスクリーニング(後述)で見つかってきたものを使うこともありますし、既存の医薬や生化学試薬を用いる場合もあります。
ライブラリとランダムスクリーニング
ターゲットタンパク質が決まったら、次はターゲットに対して強く結合する化合物を探していく段階に入ります。その入口の一つとして、化合物ライブラリのランダムスクリーニングによる方法があります。
製薬企業の多くは、過去に合成した化合物などを多数ストックしています。これを図書館の本になぞらえ、ライブラリと呼んでいます。これらの化合物を片端から標的タンパク質に当てはめ、活性を持つ(タンパク質に結合し、その働きを調整する能力を持つ)かどうかを試していくことを、「ランダムスクリーニング」(スクリーニングは「ふるい分け」の意味)と呼んでいます。また、こうした化合物が見つかることを「ヒット」と表現します。
シード化合物、リード化合物
ランダムスクリーニングでヒットしてきた化合物の中には、見た目上、活性を示しているものの、医薬には結びつかないものも混じっています。たとえば、反応性が高く、タンパク質に共有結合してその機能を不可逆に失わせるようなものは、多くの場合医薬にはなりえません。こうしたものを除き、創薬のスタートとして用いうる化合物を、「薬のタネ」という意味を込めて「シード化合物」と呼びます。
創薬研究者は、シード化合物の構造を様々に変えたものを合成し、スクリーニングを進めていきます。こうした中で見つかった、ある程度活性が高く、今後の展開が見込めそうな化合物を「リード化合物」と呼びます。
シード化合物、リード化合物という言葉には明確な定義らしきものはなく、「こうした条件を満たせばリード化合物」といった基準が取り決められているわけでもありません。会社やプロジェクトの性質などによっても、扱いが変わってくるものと思われます。
in vitro, in vivo, in silico
化合物の試験は、試験管内でタンパク質や細胞を用いて行う場合もありますし、生きた動物を用いることもあります。生物を使わない、試験管内で行う実験を「in vitro」、動物を用いる実験を「in vivo」といいます。vitroはラテン語で「ガラス」、vivoは「生命」を意味します。in vitroでは効果があったが、in vivoでは全く無効というようなことは珍しくありません。
また最近では、コンピュータ上でタンパク質と化合物の結合をシミュレートし、その活性を予測するようなことも盛んに行われています。このような、コンピュータ内での実験を「in silico」と表現します。コンピュータの半導体がケイ素でできていることから、ラテン語で「ケイ素」を意味するsilicoという言葉を当てはめ、in vitroやin vivoと対比させたものです。
構造活性相関(SAR)
シード化合物、リード化合物が得られたら、その構造を少しずつ変えた化合物を合成し、その活性を測定する工程が始まります。得られた新しいデータを見て、今度はこの部分を変えてみよう、そのデータを見て……という繰り返しを経て、化合物を最適な構造へと近づけていきます。
「この部分にメチル基を入れると活性が10倍向上する」「この部分の窒素を炭素に変えると、in vivoでの活性が大幅に減弱する」といった、分子構造と活性の関係のことを「構造活性相関」(structure-activity relationship、略称SAR)といいます。
また、化合物の活性と物理化学的性質を数値化して解析する場合、「定量的構造活性相関」(quantitative structure-activity relationship、略称QSAR)といいます。QSARは「キューサー」または「クェイサー」と発音されます。
たとえば、化合物の疎水性・親水性は、薬理活性に大きな影響を及ぼします。この疎水性を表すパラメータとして、n-オクタノールと水の二相に溶解した時の分配係数が用いられます。通常、その数値の常用対数をとり、logPとして表されます。この値が大きいほど、脂溶性が高いということになります。
P = (n-オクタノール相の濃度)/ (水相の濃度)
logPの数値は、化合物の構造だけを元にして、かなり精度良く推定することが可能です。こうして算出された数値をClogPと呼び、現在ではChemDrawなど、多くのソフトウェアにClogPを算出する機能が搭載されています。このため、実際には実験的にlogPを求めるのではなく、ClogPの数値を使うことがほとんどになっています。
リピンスキーのルール・オブ・ファイブ
医薬品の投与の仕方には、経口・注射・点滴・塗布などいくつかの種類があります。このうち、経口投与が最も一般的であり、簡便な形態といえます。しかし、口から飲み込んだ医薬が体内に吸収されるためには、細胞膜など各種の生体膜を透過できるものでなくてはなりません。生体膜は脂質でできた極めて薄いシートですが、大きな分子や極性の高い分子の透過を効率よくブロックする能力を持ちます。
ではどのような化合物が吸収されやすいのか。1997年、C. A. リピンスキーは、以下の4つの条件を挙げ、これらをよく満たす化合物は経口投与でも体内によく吸収されると発表しました。
- 水素結合ドナー(OHやNH)が5個以下
- 水素結合アクセプター(NやOなど)が10個以下
- 分子量が500以下
- 分配係数(logP)が5以下
ここに出てくる数字がいずれも5の倍数であるため、このルールは「リピンスキーのルール・オブ・ファイブ」あるいは単にリピンスキールールと呼ばれます。これは簡便でありながら広い範囲の化合物に当てはまるため、広く受け入れられました。
ただしリピンスキールールは単なる経験則であり、理論的な裏付けがあるものではありません。これらのルールに反する化合物でも、経口薬として成功しているものもいくつもあります。特に大環状骨格を持つものやペプチドなどには、リピンスキールールに反する例が多く知られています。
このため、リピンスキールールは厳守すべきものではなく、一つの目安として捉えるべきです。また、これを改良しようとする研究も様々に行われています。
生物学的等価体
前述の通り、創薬研究では少しずつ構造を変えた化合物を作り、徐々に優れた化合物を追い詰めていくことを行います。しかし、構造を変えるといってもその可能性は無限にあり、何も考えずに合成していたのではきりがありません。
化合物の構造を変換する際、経験的に「原子団Aを原子団Bに変換しても、多くの場合、活性が保たれる」組み合わせが存在します。こうした組み合わせを「生物学的等価体」(バイオアイソスター、bioisostere)と呼びます。医薬を投与される生物から見て、これらの原子団は性質が等しいという意味です。
たとえば、ベンゼン環をピリジン環やチオフェン環に変換しても、活性が保たれるケースが多くあります。それでいて水溶性などの性質を変えることができますので、こうした組み合わせを知っておくことは重要です。
ADMET
医薬化合物は、体内に吸収(Absorption)され、様々な部位に分布(Distribution)し、代謝(Metabolism)を受け、最後は排泄(Excretion)されます。これらをまとめてADMEと呼びます。また最近では、毒性(Toxicity)を含めてADMETという言葉が使われることもあります。要するに、薬物が体内に入って排泄されるまでの過程のことで、薬物動態という言葉も使われます。化合物が適切な薬物動態を示すことは、医薬品にとって不可欠の条件です。
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創薬は多くの分野の研究者が協力しなければ成立しない、極めて難易度の高い仕事です。しかし、成功すれば世界中の人々の生命と健康に奉仕することにもなり、非常にやりがいのある仕事であるといえます。また、この世界は常に新しい発見があり、知識も日々更新されていきます。ここに挙げたようなキーワードにとどまらず、次々に登場する新しい概念や考え方を吸収し、革新に挑み続けることが求められるのではないでしょうか。