「モダリティ」とは?意味と用語を知る|佐藤健太郎さんが解説する製薬キーワード
医薬品業界を目指す学生のみなさん(特に薬学部以外の方)にとって、この世界特有の用語の難しさは大きな壁であると思います。前回は合成創薬に関するキーワードを取り上げましたが、今回はモダリティに関するキーワードについて解説していきましょう。
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「治験」とは?意味と用語を知る|佐藤健太郎さんが解説する製薬キーワード
「創薬」とは?意味と用語を知る|佐藤健太郎さんが解説する製薬キーワード
モダリティとは
モダリティという言葉は、一般にはあまり耳馴染みのない単語かと思います。辞書でmodalityのところを引くと、「様式」「手順」「様相」などの意味の他、医学用語として「X線、超音波、MRIなど、医療用画像における撮画手段」という語義が掲載されています。
しかし医薬品業界においては、「医薬品の創薬基盤技術の方法・手段の分類」を表す言葉として用いられます。たとえば低分子医薬、核酸医薬、抗体医薬といった分類を指し、「mRNA医薬という新たなモダリティ」といった使い方をします。
この言葉が広く使われるようになったのは、ここ10年ほどのことです。というのは、以前は医薬品として用いられるのはほとんどが低分子医薬であり、他の創薬手段はかなりマイナーなものであったため、こうした言葉を用いて区別する必要がなかったからです。
しかし21世紀に入って、抗体医薬をはじめとした各種のバイオ医薬の研究が急速に進展し、大きな分野を形成するようになりました。また、細胞そのものを治療手段として用いる手法も「医薬」として認められるようになるなど、創薬の手段は急速に広がりを増しています。このため、「モダリティ」という言葉が必要とされるようになったのです。
本稿では、こうした各種のモダリティについて取り上げ、どのような手法か、それぞれ解説していきます。
モダリティに関する用語
低分子医薬
文字通り、比較的小さなサイズの分子を本体とする医薬品のことです。100年以上前に開発されたアスピリンやサルバルサン(エールリッヒと秦佐八郎によって開発された梅毒治療薬。現在は使われない)以来、長く医薬品の主流の座を占めてきました。
分子のサイズに厳密な定義はありませんが、概ね分子量500近辺か、それ以下の化合物を指します。なぜ500で区切るかといえば、だいたいこのあたりまでが生体膜を透過可能であり、経口投与でも薬効を示しやすいラインであるからです。
分子の由来としては、植物や細菌の生産物を抽出して得た天然物医薬と、化学者がデザインしてフラスコ内で合成した合成医薬の2つがあります。近年では、培養可能な細菌が出尽くしてきたことから、天然物由来の医薬品はなかなか現れず、合成医薬がほとんどになっています。
合成低分子医薬の長所は、化合物を自由度高くデザインし、多くの疾患に対する治療薬を創出することが可能な点です。このため多くのベストセラー薬がここから誕生し、人類の健康に貢献してきました。
ただし前述のように、低分子医薬には膜透過性という制約があるため、標的となるタンパク質(分子量数万~十数万)に比べて極めて小さなサイズとならざるを得ません。この小さな分子で、巨大なタンパク質の働きを食い止めるのは、かなりの難事です。
また、人体内には似たような構造のタンパク質が数多く存在しており、それぞれ作用や働く場所が異なります。標的タンパク質以外に結合して作用を及ぼせば、副作用の原因となります。低分子医薬は、小さなサイズでありながら、これらをきちんと見分けて標的だけに結合するものでなければなりません。
一方で、比較的簡単・安価に合成でき、錠剤や粉末、塗り薬など、製剤方法にバリエーションを持たせやすいのも、低分子医薬のメリットといえます。
しかし低分子医薬のターゲットになりうるタンパク質はかなり出尽くしたという見方もあり、新薬創出はかつてより難しくなってきています。
バイオ医薬品
低分子医薬のように、天然から抽出あるいは人工的に合成するのではなく、バイオテクノロジーを用いて生産する医薬を総称して「バイオ医薬」と呼びます。バイオ医薬は大きなカテゴリーであり、この中に抗体医薬やタンパク質医薬、細胞治療やワクチンなどの各分野が含まれています。
バイオ医薬は一般に、合成低分子医薬よりも製造が難しく、コストがかかります。このため、薬価もかなり高いことが普通です。バイオ医薬の本体は、分子量が3000から30万にも達する巨大な分子であるため、生体膜を透過しにくく、投与法も限定されます。
タンパク質医薬
タンパク質は、体内で多様な生理作用を担います。ということは、これを体外から送り込むことで治療を行う手段は、当然有力なはずです。かつてはタンパク質の製造が難しかったのですが、遺伝子組み換え技術の進展によって、十分リーズナブルに必要量を供給できるようになってきました。
糖尿病患者に対して投与されるインスリン製剤が、タンパク質医薬の最も有名なものです。その他、悪性貧血の治療にエリスロポエチン(赤血球を増やす効果のあるホルモン)が、低身長症の治療に成長ホルモンが用いられるなどの例があります。
タンパク質を口から飲み込むと、胃酸や消化酵素によって分解されてしまい、必要な部位には届きません。このため、タンパク質医薬の多くは皮下注射や点滴などの形で投与する必要があります。タンパク質医薬の投与には、技術を持った医療従事者と病院などの設備が必要であり、手軽さという面で低分子医薬に劣ります。また、製造にも特別な技術と設備が必要であり、コストも高くつきます。
抗体医薬
人体に、細菌やタンパク質などの異物(抗原)が侵入すると、その活動を抑え込むために抗体が作られます。免疫反応の一種であり、抗原にぴったり適合した抗体が作り出されるようになっています。
この抗体を人工的に作り出し、治療に役立てる手法が近年急速に進展しました。これが抗体医薬と呼ばれるものです。たとえば、がん細胞は「増殖せよ」というシグナルを送るタンパク質を作っています。このタンパク質に結合する抗体を作って体内に送り込めば、がん細胞の無制限な増殖を抑え込むことが可能になります。
抗体は精度良く標的タンパク質に結合できるため、副作用が少ないというメリットがあります。特にがんや自己免疫疾患(リウマチなど)といった、今までの低分子医薬では治療が難しかった病気にも、高い効果を持つものが見出されています。
抗体の本体は、イムノグロブリンと呼ばれるタンパク質の一種です。ですから抗体医薬はタンパク質医薬の一種ともいえますが、独立したモダリティとして扱われることが多いようです。
つまり、抗体医薬の弱点も、タンパク質医薬と同様です。細胞の中に侵入することも難しいため、その活動の場は多くの場合、細胞外に限られます。そのため治療可能な疾患も、今のところはがんや自己免疫疾患の他、一部の感染症などに限定されています。
抗体医薬は2000年ごろから数多く登場し、今や医薬品売上ランキングトップ10の大半を占めるようになりました。このため各社がこの分野でしのぎを削っており、日本では中外製薬、協和キリン、小野薬品などが有力な抗体医薬を送り出しています。
抗体の一部だけを切り出したり、化学修飾を行ったりしたものなども、医薬として利用されています。また、抗体と低分子医薬を結合させた「抗体薬物複合体」(antibody-drug conjugate, 略称ADC)も、有力な創薬手法として盛んに研究されています。
中分子医薬
前述のように、低分子医薬は分子量500前後、タンパク質医薬は分子量数万から数十万に及び、それぞれ長所と短所があります。この中間の分子量(500~2000程度)を持ち、両者の「いいとこ取り」を狙うのが、中分子医薬と呼ばれるものです。
中分子医薬もまた大きな区分の名称であり、その中にペプチド医薬や核酸医薬などのモダリティが含まれます。
ペプチド医薬
ペプチドは、数個から数十個程度のアミノ酸が連結したもので、体内でも多くのペプチドがホルモンなどとして働いています。このため、ペプチドも医薬としての潜在能力を持っているといえます。
ただし、ペプチドもタンパク質と同様、経口投与では消化分解されてしまいますし、細胞内への移行性もよくありません。このため、ペプチドは医薬としてあまり利用されてきませんでした。
しかし、ペプチドの頭と尾をつなぎ、大きな環にしてしまうと、形が決まるために細胞内へ入り込みやすくなります。また構造を工夫することで、消化酵素への抵抗性を高めることも可能です。
このような環状ペプチドを利用する創薬手法は、近年特に注目を集めており、専門のバイオベンチャーも登場しています。
核酸医薬
DNAやRNAなど、核酸類を医薬として用いるものです。その作用機序はさまざまで、標的とするmRNAに結合してその作用を妨害する「アンチセンス医薬」、二本鎖RNAを送り込んでRNA干渉という現象を引き起こすsiRNA、タンパク質に結合するRNA鎖により、その作用を食い止めるアプタマー医薬などが考えられています。
すでに、ウイルス性網膜炎の治療に用いられるホミビルセンなど、実用化に至った核酸医薬もあります。ただし、体内にはDNAやRNAを分解する酵素が多く存在しているため、安定して体内に送り込むことが難しい、ということがネックです。
なお、核酸医薬という場合には、ある程度長くつながった(数十残基程度)核酸を用いるものを指します。単独の核酸塩基やヌクレオシドの構造を一部変換した化合物が、抗ウイルス薬や抗腫瘍薬として用いられますが、これらは「核酸アナログ」と呼ばれ、低分子医薬の一種に分類されます。
細胞治療
低分子やタンパク質などでなく、細胞を利用した治療手段も登場しています。CAR-T療法と呼ばれるものは、がん患者の体内からT細胞(免疫細胞の一種)を取り出し、遺伝子操作を施してがん細胞を除去する能力を付与した上で、体内に戻してやるという手法です。これは医薬と呼んでよいのかと思えるような方法ですが、すでにこれが「新薬」として承認を受け、薬価がつけられています。
細胞治療も幅が広く、たとえば赤血球を作り出す造血幹細胞を送り込み、貧血を治療するような手法もここに含まれます。幹細胞を注入することで脊髄損傷を治療するような手法も、すでに承認を受けています。
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このように、低分子医薬一辺倒であった時代は遠くなり、今や「これは医薬と言っていいのか」と思うようなものまで、さまざまなモダリティが提案されています。現在も多くの手法が研究されており、モダリティの種類はさらに増え続けることでしょう。これからの研究者には、アンテナを高くし、柔軟な頭脳で新しい考えを取り入れていく能力が、特に要求されることになるでしょう。